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くり [か行]

  「くり」は食べる栗のこと。今では名のない植物などないが、その昔、植物に名前が付け始められた頃、まずは食用となる植物から名前が付いたと考えるのが妥当である。「くり」、「もも」、「なし」などが食べられる実の基本名称として古くに生まれたと考えられ、似たような形のものが、〇〇くり、〇〇もも、〇〇なしというふうに呼ばれていく。
  言葉の音としての「くり」は色彩の黒が変化したものというのが有力な説であるが、〇〇くりという使われ方からは「くり」は堅い皮に覆われた食べられる実という解釈ができる。トチノキの実はトチグリ、シイ、カシの実はドングリ、海辺の貝にもハマグリがある。なおドングリは、「円い」という意味の朝鮮語の「トングル」からという説も有力である。
  「くり」という言葉が使われる植物には、食べられる実という意味で使われたと考えられるものと、イガの着いた実や葉の形が似ているため、と考えられるものがある。葉の形から来ているのはシダ植物のクリハランの仲間、イガの実の形から来ているものはミクリ(実栗)の仲間とミクリゼキショウの仲間のほか、ミクリガヤがある。クリイロスゲは実の色が似ているとか。
  食べられる実としての「くり」は、本家本元のクリとその品種のトゲナシグリ。ツチグリ、ミツバツチグリ、オオミツバツチグリのツチグリの仲間3種。そしてカタクリである。
  ツチグリは「土栗」の意でその根茎が食べられる。なおミツバツチグリは食べないようだ。
  カタクリは、漢字表記は「片栗」とされるが、由来は諸説紛々である。かいつまんで説明すると、万葉集に登場する「かたかご(堅香子)」がカタクリの古名とされ、カタクリは、「かたかご」が転訛したという説と、食用となる鱗茎の形状からきた別名という説がある。転訛説では、「かたかご」は『片葉鹿子(かたはかのこ)』の意味で、カタクリは、初めは葉が1枚で、まだら模様があるからという。一方、別名説では、「かたかご」は花の姿が『傾いた籠』に似ていることに由来しているといい、本来はコバイモの仲間を指したとする。食用となるコバイモの鱗茎の形が、丸いイガ栗の中身を2つに割ったようなので「かたくり(片栗)」という別名が生まれ、そして、コバイモの取れない地方では、現在のカタクリが代用品となり、カタクリの名が定着したとする。
 「くり」が堅い円い実を表すという立場をとるならば、別名説を支持したいが、コバイモの代用品がカタクリであるということは、証明の難しいところである。

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カタクリ 2007.3.31 岐阜県可児市鳩吹山

さいこ [さ行]

  およそ日本語らしからぬ響きがある「さいこ」は、ヒッチコック監督の映画「サイコ(Psycho)」と言いたいところだが、生薬の「柴胡」である。
  日本産の柴胡は、セリ科ミシマサイコ属のミシマサイコBupleurum scorzoneraefolium var. stenophyllumの根を乾燥したものである。江戸時代に伊豆の三島が良質な柴胡の大集荷地となったことから三島柴胡の名がついたという。中国産の唐柴胡は、マンシュウミシマサイコB. chinenseによるものが北柴胡、ホソバミシマサイコB. scorzoneraefolium によるものが南柴胡と呼ばれる。
  日本では、セリ科ミシマサイコ属にはミシマサイコ他11種のサイコという植物があるが、ミシマサイコが柴胡として最良という。ガガイモ科にはスズサイコがあるが、姿がミシマサイコに似ているためで薬効はない。バラ科のカワラサイコはミシマサイコに根が似ているためという。カワラサイコの乾燥根は下痢に効くようだが、柴胡としての薬効はない。しかし、柴胡の代用品あるいは偽物として出回ったのではないかと思う。

<サイコが付く植物>
セリ科ミシマサイコ属:オオホタルサイコ、ホタルサイコ、エゾホタルサイコ、オオハクサンサイコ、コガネサイコ、ハクサンサイコ、エゾサイコ、ミシマサイコ、キュウシュウサイコ、イキノサイコ、レブンサイコ、
ガガイモ科:スズサイコ
バラ科:カワラサイコ、ヒロハノカワラサイコ
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カワラサイコ 2008.6.9. 岐阜県各務原市



めりけん [ま行]

  「アメリカの」あるいは「アメリカ人の」という意味の形容詞Americanをカタカナで書くとき、今ではアメリカンとするが、戦前は耳に聞こえるとおりメリケンと書いた。今ではメリケン粉、メリケン波止場、メリケンサックなどに残るばかりだが、懐古的な響きがある。
アメリカからやってきた帰化植物の名前でアメリカとメリケンどちらが多いかといえば、圧倒的にアメリカで、日本帰化植物写真図鑑(清水矩宏・森田弘彦・廣田伸七、全国農村教育協会、2001)から拾い上げると、22種を数える。
  一方メリケンは、メリケンガヤツリ、メリケンカルカヤ、メリケンニクキビ、メリケンムグラの4種しかない。ならば、この4種が戦前派で、他は戦後派かと問えば、さにあらずメリケン4種は以下のようにいずれも戦後派である。
・メリケンガヤツリ 1950年代
・メリケンカルカヤ 第二次世界大戦後愛知県で発見
・メリケンニクキビ 第二次世界大戦後南西諸島に帰化
・メリケンムグラ 1969年岡山県で発見

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メリケンムグラ 2008.7.19 岐阜県各務原市


こうぼう [か行]

  環境庁の植物リスト1988には、「こうぼう」を名に持つ植物が、イネ科に8種、カヤツリグサ科に3種記載されている。
  イネ科の「こうぼう」は「香茅」と書いていい香りがするカヤの意味であり、乾燥させるとクマリン臭(桜餅の葉の香り)がする。⇒タカネコウボウ、イシヅチコウボウ、ミヤマコウボウ、オオミヤマコウボウ、コウボウ、エゾコウボウ、エゾヤマコウボウ、セイヨウコウボウ(外来種)
  カヤツリグサ科の「こうぼう」には、コウボウムギ、その北方タイプであるエゾノコウボウムギ、そして姿が似ているが小さめのコウボウシバがある。いずれも海浜植物で、砂浜に埋もれるように生きている。この「こうぼう」は、真言宗の開祖である弘法大師空海(774~835)の「弘法」であり、この点について異論を唱えるものはいないが、この植物と弘法大師がどうして結びつくかという点ではいろいろと説がある
  コウボウムギは雌雄異株なのだが、どちらの株も砂の中から一本の茎を立ち上げ花をつける。雄花は一本の筆のように見える。筆といえば弘法大師、三筆の一人とされる能書家で、「弘法も筆の誤り」、「弘法筆を選ばず」ということわざは説明するまでもないだろう。一方、雌花は麦の穂に似ている。これらを合わせればコウボウムギというわけだ。
  しかし、筆の由来は雄花ではなく、茎の節にある毛のような古い葉鞘を筆に見立てたものだという説もあれば、見立てたのではなく実際に筆にしていたものだという説もあり、コウボウムギの別名をフデクサという。万葉の歌人柿本人麻呂は筆を作るためコウボウムギを栽培したといい、島根県江津市真島ではコウボウムギから作る筆を人麻呂筆と呼んだという。人麻呂は天武朝(673~686)から持統朝(686~697)の役人で、石見の国(現島根県西部)に赴任しそこで没したといわれる。弘法大師より少し古い時代のことなので、フデクサから後にコウボウとなったといえないこともない。
  はたまた、筆とは関係ないという説もある。弘法大師は伝説に満ち溢れた人物であり、全国いたるところに井戸を掘りあて、温泉を見つけ出し、寺院を建立している。薬草や作物もしかり、貧窮する庶民を救うありがたい知恵を授けていただいたのはいつのまにか弘法大師となるようである。カワラケツメイ(マメ科一年草)の葉をお茶にしたものは弘法茶と呼ばれ、ヒエの代用となるシコクビエのことを弘法稗という。これらには、弘法大師が飲んだとか、四国から持ってきたとかいういわれが伝わっている。そして弘法麦といえば、弘法大師が飛砂防止のために植えたという。あるいは、その実はかつて食用にされたといい、不毛の砂浜に麦よりも大きい実を実らせるのは弘法様の徳による仏のお慈悲とも。
  いずれにしても伝説まじりの話、好きな物語を選ばれたし。
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コウボウムギ 2010.6.6. 愛知県常滑市蒲池海岸



けまん [か行]

  けまん(華鬘)は、仏殿内陣の長押(なげし)などに掛ける飾りのこと。多くは団扇型をしていて、唐草や蓮華の透かし彫りが施されている。「けまん」を名に持つ日本の植物は、ケシ科キケマン属にキケマンほか16種が数えられる。これら16種はいずれも似かよった姿をしており、いずれも華鬘には似ていない。一方、ケシ科コマクサ属に中国原産のケマンソウがあり、この花は確かに華鬘に似ている。キケマンの名はその葉がケマンソウに似ているとこらからだろうか。
  似てる似てないの評価は分かれると思うが、仏教に関連する道具類に由来する植物名は多い。クリンソウのくりん(九輪)は、五重塔などの屋根から天に向かって突き出たアンテナのような金属製の部分(正確にはその一部)。ウシノシッペイのしっぺい(竹篦)は、禅宗のお寺で、座禅修行の際に、修行者の肩を打つ竹製のへら。ニョイスミレのにょい(如意)はお坊さんが読経のときなどに持つ孫の手のような棒。ホウチャクソウのほうちゃく(宝鐸)はお堂の軒の四隅に吊るす大形の鈴。ハマボッスのほっす(払子)はお坊さんが持っているはたきのようなもの。ヨウラクツツジのようらく(瓔珞)は、仏像が身に着ける首飾り。ワニグチソウのわにぐち(鰐口)はお寺の正面の軒先に吊るして縄で打ち鳴らす鈴のようなもの。いずれも見たことはあっても、その名前までは知らないのが普通のもの。植物に名前をつけたのはお坊さんが多かったのだろうか。

<ケマンを名に持つ日本の植物>
エゾオオケマン、ツクシキケマン、ムニンキケマン、キケマン、ヒゴキケマン、ムラサキケマン、シロヤブケマン、ヒメキケマン、ツルキケマン、ヤマキケマン、フウロケマン、ミヤマキケマン、ホザキキケマン、ナガミノツルキケマン、エゾキケマン、シマキケマン。
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キケマン 2008.5.6 愛知県南知多町羽豆岬
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ケマンソウ 2010.5.2 岐阜県可児市花フェスタ記念公園(栽培)



つりふね [た行]

   「つりふね」を名乗る植物は、ツリフネソウ科ツリフネソウ(Impatiens)属のツリフネソウ、キツリフネ、ハガクレツリフネの3種、そして、それらの変種あるいは品種のエンシュウツリフネソウ、ウスキツリフネ、コツリフネソウ、シロツリフネの7種がある。
   ツリフネソウの名の由来は、細い花柄にぶらさがって咲くその花の姿を、吊り下げて使うタイプの舟型の花器である「つりふね」に見立てたものである。
   「つりふね」の漢字表記は「吊舟(船)」あるいは「釣舟(船)」で、どちらも和歌や俳句に使われているのだが、どちらかといえば「釣」が多いようである。「釣る」は魚をつる、餌や金で誘惑してつるという意味合いなので、ぶら下げるの意味のつるなら「吊る」ということになるのだが、ことばは理屈ではないようだ。おかげで「つりふね」を魚釣りの人が乗っている釣り船(つりぶね)と勘違いして恥をかくことになる。
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キツリフネ 2011.6.25 大阪府和泉市

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花器「吊舟」

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