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やはず [や行]

 弓矢の矢の後端には、弦をはめ込む凹型の切込みの筈(はず)がある。弓の両端にも弦を結ぶ筈があるので、矢のものは矢筈(やはず)といって区別する。環境省の植物リストには「やはず」を名に持つ植物が15種類記載されている。葉の先端が矢筈のように凹型なのが基本のようで、ヤハズマンネングサ、ヤハズハンノキ、ヤハズアジサイ、ヤハズエンドウ(カラスノエンドウ)、ヤハズカワツルモには、大なり小なり窪みがある。逆に葉の基部が凹んでいるのが、ヤハズカズラ、ヤハズトウヒレン、ヤハズヒゴタイで、その名の由来とされているが、基部からは葉柄が出ているので見た感じは鏃(やじり)に近い。なお「やじり」が名に付く植物はない。ヤハズソウはどこにも窪みはないのだが、葉の先をつまんで引っ張ると葉脈に沿ってきれいに凹型にちぎれる。ただし、矢筈というよりも矢羽根(やばね)のようである。「やばね」が名に付く植物も今ではないのだが、ヤハズハハコはもともとヤバネハハコと呼ばれていたらしい。ヤハズハハコの茎には翼がありこれを矢羽根に見立てたようだ。なお、ヤハズハハコにはどこにも凹型はない。
 最後にオオヤハズナシだが、この植物については存在自体が疑わしい。薬種商にして市井の植物研究家、後に「備中植物誌」を著す吉野善介によって岡山県上房郡楢井で採取され、京大の小泉源一博士が1925年に新種として植物学雑誌に記載した。小泉博士は他にも多くのナシの新種を登録したが、細かく分類しすぎたようで、現在ではその多くは同一種の変異とみなされている。小泉博士とすれば「こんな筈ではなかった。」というところか。

<やはずを名に持つ植物>
ヤハズマンネングサ、ヤハズハンノキ、ヤハズアジサイ、オオヤハズナシ、マルバヤハズソウ、ヤハズソウ、ヤハズエンドウ、ツルナシヤハズエンドウ、オオヤハズエンドウ(帰化)、ヤハズカズラ(園芸植物)、タカネヤハズハハコ、ヤハズハハコ、ヤハズトウヒレン、ヤハズヒゴタイ、ヤハズカワツルモ

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ヤハズアジサイ 2013.7.13岩湧山

せんのう [さ行]

 ナデシコ科センノウ(lychnis)属のフシグロセンノウ、エゾセンノウ、マツモトセンノウ(マツモト)、オグラセンノウ、エンビセンノウの「せんのう」の大本は、中国原産のセンノウ(lychnis senno Siebold et Zucc.)である。シーボルトにより日本からオランダに持ち帰られ、sennoという学名で『Flora Japonica』に収録されたこの花の日本への渡来時期は定かではないが、室町時代から文献にこの花が登場するようになる。「せんのう」は「仙翁」で、その名の由来は、『下学集』(1444年)に「仙翁花。嵯峨仙翁寺、始めて此の花を出だす、故に仙翁花と云う」との記述がある。仙翁寺は、『拾遺都名所図会』(1787年)に紹介される名所のひとつで、「愛宕一鳥居のまへ、仙翁町の北山下にあり、上古此地に仙人住しなり後世寺となす。仙翁洞は此山腹にあり、草花の仙翁華(せんをうけ)は此地よりはじめて生ずるといふ」とある。仙翁寺は廃寺となり現存しないが、京都は嵯峨鳥居本に仙翁町という地名が残る。

注)『下学集』:室町時代に成立した百科事典のようなもの。
『拾遺都名所図会』:名所図会は江戸期に出版された観光ガイドのようなもので、これは京都版の続編。


フシグロセンノウ2014大和葛城山.JPG
フシグロセンノウ 2014.9.11 大和葛城山

みやこ [ま行]

 日本の都は、過去、何か所も移り変わってきたが、単に「都」といえば、それは京都を意味すると考えるのが普通と思う。植物名に地名が付けば、それは普通、発見された場所や生育分布を表している。「都」が名前に付く植物として基本となるものは15種ほどあげられる。京都には、まちがいなくそれらが生育しているが、京都以外にも広く分布している種が多い。少なくとも近畿一円が生育地となっており、「都」が名前に付くからといって京都の植物とは判じがたい。ならば京都で発見されたかといえば、確かに京都で採取されたものがタイプ標本となっているものが多いようだ。広く分布している植物なら、どこでも採取できるわけだが、京都で採取され、「ミヤコ・・・」と命名されるのは、京都大学の研究者が植物分類研究をリードしてきたからだろう。ミヤコオトギリの学名はHypericum kinashianum Koidz.であり、命名者の略記Koidz.は、京都大学理学部に植物学教室を創設した小泉源一(1883~1953)のことである。植物学研究室からは著名な植物学者が輩出され、ミヤコヤブソテツ(Cyrtomium yamamotoi Tagawa)のTagawaはシダ分類学の田川基二(1908~1977)、ミヤコミズ(Pilea kiotensis Ohwi)のOhwiは「日本植物誌」の著者として知られる大井次三郎のことである。

<都を名に持つ植物>
ミヤコヤブソテツ、ミヤコカナワラビ、ミヤコイヌワラビ、ミヤコヤナギ、ミヤコミズ、ミヤコアオイ、ミヤコオトギリ、ミヤコイバラ、ミヤコグサとその仲間(シロバナミヤコグサ)、ミヤコツツジ、ミヤコナツハゼ、ミヤコアザミ、ビロードミヤコザサ、ミヤコザサとその仲間(アズマミヤコザサ、フシゲミヤコザサ、ナンダイミヤコザサ、ケミヤコザサ、ビッチュウミヤコザサ)、ミヤコダラ(環境省リストでは沖縄地方に生育するリュウキュウハリギリを指しているが、もともとは日本全国に分布するハリギリの別名)

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ミヤコグサ 2013.4.28 和歌山県岩出市根来寺

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