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ていか [た行]

 テイカカズラの「ていか」は、鎌倉時代初期の歌人であり、小倉百人一種の選者として知られる藤原定家(1162~1241)の「ていか」である。テイカカズラは、古くはマサキノカズラという名で古事記に登場し、平安時代の本草書「本草和名」には漢名の「絡石」で記載されている。この絡石にテイカカズラという和名があてられるようになったのは江戸時代のことで、その由来は、室町時代に作られた謡曲「定家」である。以下「定家」のあらすじ。
 北国からの旅の僧が、京に入ったところでにわか雨に会い、古い庵で雨宿りをする。そこに墓参りに行くという里の女が現れ、庵が定家ゆかりの時雨の亭であるといい、墓に絡まるかずらの供養をしてほしいという。墓は式子内親王のものであり、かずらは定家の式子内親王への妄執が葛となったもので、刈り取ってもすぐにもとに戻るという。実は、里の女は式子内親王の亡霊で、葛は僧の供養により一時は墓から離れるのだが、またもとへと戻っていく。
 式子内親王(1149~1201)は後白河天皇の娘で、女流歌人である。定家との歌人としての交流は知られるところだが、恋仲であったかは、史実として確認されるものではない。謡曲「定家」の作者、金春禅竹(1405~1471)の創作であるが、幽玄で深遠な能楽の傑作は、ひとつの植物の名を決定するに至る。

[テイカカズラ、チョウセンテイカカズラ、リュウキュウテイカカズラ、ムニンテイカカズラ、ケテイカカズラ]

テイカカズラ080615羽豆神社.JPG
テイカカズラ 2008.6.15 愛知県南知多町羽豆岬

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